岩国学校教育資料館(いわくにがっこうきょういくしりょうかん)
岩国学校は、明治3(1870)年に岩国2代藩主吉川経健(きっかわつねたけ)が藩の青少年を教育するため学制の大改革を行い、旧兵学校と文学校を公中学・公小学に組織を改めて現在地近くに新築したもので、翌明治4(1871)年2月に開校しました。
最初の校舎は上層を教員詰所、下層を教室にした二階建てでしたが、学制発布の明治5(1872)年に三階を増築しました。
当初の大部分はほぼ和風様式でしたが、増築した三階は屋根鋼板ぶき、アーチ窓、ヨロイ戸付、しっくい大壁造りの洋風でした。この和洋を合わせ取り入れた手法は、明治初年の教育制度の激しい移り変わりと文明開化の気運を象徴するもので、全国に現存する明治初年の学校建築の中でも、様式の特異性において他に例をみないといわれています。
この学校は、近代日本の礎となった人物を多く輩出しています。
日本の電気の父といわれる藤岡市助(ふじおかいちすけ)、帝國図書館初代館長の田中稲城(たなかいなぎ)、鉄道の権威大屋権平(おおやごんぺい)、造幣局の山縣修(やまがたおさむ)、文豪の国木田独歩(くにきだどっぽ)や宇野千代(うのちよ)らがこの学校で学びました。
昭和47(1972)年に一度、解体・修理されています。
一階、二階には、当時のさまざまな教育資料や民俗資料、郷土資料を展示しています。
岩国学校を卒業した藤岡市助は、東京の工部大学校に入学、明治11(1878)年3月25日、日本ではじめてアーク灯を点火させ、後にこの3月25日は「電気記念日」に制定されました。学校では、日本電気界の父と仰がれ、また日本のエジソンと親しまれた彼の関連資料等約3,500点も展示しています。
岩国学校前の街灯は、藤岡市助が制作したアーク灯を模したデザインとなっています(写真)。
最初の校舎は上層を教員詰所、下層を教室にした二階建てでしたが、学制発布の明治5(1872)年に三階を増築しました。
当初の大部分はほぼ和風様式でしたが、増築した三階は屋根鋼板ぶき、アーチ窓、ヨロイ戸付、しっくい大壁造りの洋風でした。この和洋を合わせ取り入れた手法は、明治初年の教育制度の激しい移り変わりと文明開化の気運を象徴するもので、全国に現存する明治初年の学校建築の中でも、様式の特異性において他に例をみないといわれています。
この学校は、近代日本の礎となった人物を多く輩出しています。
日本の電気の父といわれる藤岡市助(ふじおかいちすけ)、帝國図書館初代館長の田中稲城(たなかいなぎ)、鉄道の権威大屋権平(おおやごんぺい)、造幣局の山縣修(やまがたおさむ)、文豪の国木田独歩(くにきだどっぽ)や宇野千代(うのちよ)らがこの学校で学びました。
昭和47(1972)年に一度、解体・修理されています。
藤岡市助記念コーナーとアーク灯
一階、二階には、当時のさまざまな教育資料や民俗資料、郷土資料を展示しています。
岩国学校を卒業した藤岡市助は、東京の工部大学校に入学、明治11(1878)年3月25日、日本ではじめてアーク灯を点火させ、後にこの3月25日は「電気記念日」に制定されました。学校では、日本電気界の父と仰がれ、また日本のエジソンと親しまれた彼の関連資料等約3,500点も展示しています。
岩国学校前の街灯は、藤岡市助が制作したアーク灯を模したデザインとなっています(写真)。
入館料 | 無料 |
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開館時間 | 9:00〜17:00 |
定休日 | 月曜日(休日のときはその翌日) 年末年始(12/29〜1/3) |
注意 | 館内は土足禁止となっております。 |
問い合わせ先 | 岩国学校教育資料館 【所在地】〒741-0062 山口県岩国市岩国3丁目1-8 【TEL】0827-41-0540 |
このページの情報は「岩国市観光振興課」の提供です